寒さに打ち勝ちたい
私は寒いのが苦手だ。 私のことを知っている人に「私の特徴は何だと思う?」と訊けば、 十中八九「病的な寒がり」と返ってくるだろう。
残暑残る十月からコートを着はじめ、 冬が本格化すれば上半身は3枚以上。 下半身はヒートテックのタイツと厚手のジーンズを必ず着る。 分厚いコードは離せない。 友人曰く「急に雪山に誘われても大丈夫そうな服装」と言われた。
冬の間、暖房はいつも28度だ。 私の部屋に人が入ってくると、 かならず一歩目で立ち止まって上を見る。 どうやら、人は異常な温度変化を検知すると、 上を見上げる傾向があるらしい。
逆に夏の暑さにはめっぽう強い。 流石にここ数年の酷暑は別だが、 学生時代は夏場にエアコンを使った記憶がほとんどない。 室温が30度になっても、扇風機の風を浴びながら 普通にPCに向かっていた。
言っておくが、好きでこんな寒がりやっている訳ではないのだ。 大して笑いにもならないので、美味しいとも思っていない。 直せるものなら直したいと思っている。 そこで、夏から「寒さに打ち勝つプロジェクト」というのを 秘密裏に行っていたのだ。
とんでもない冷たさに慣れてしまえば、 冬の寒さなんて大したことないはず、 ということで真水のシャワーを浴びることから始めてみた。
というのも、丁度その時に読んでいた アメリカの学者アンナ・レンブケ氏の本で ドラッグ中毒の男性が水風呂で 中毒を克服したというエピソードを読んだのである。 本人のインタビューにはこう書かれていた。
「最初の5~10秒は体が叫んでいます
『やめろ!殺す気か!』と。(中略)
だけど、最初のショックが過ぎると
皮膚が無感覚になっていきます。」
「水風呂を出るとすぐにハイになるんです。
まさに薬物と同じですよ。
(中略)本当にすごい。
何時間もいい気持ちでいられるんです。」
なんだか分からないが凄そうだ。 体験してみたい。
丁度、35度オーバーの猛暑日が続いていたので、 冷水もそこまで酷ではないはずだ。 とりあえず、シャワーの温度を一番下まで下げて、 肩から被ってみた。
―――これは死ぬ。 2秒も耐えられなかった。 冷たいとか痛いとかじゃないのである。 これは死ぬのである。
シャワーを止めたあとも アンナ・レンブケ氏への怒りが止まらない。 著者紹介では人の好さそうな笑顔をしているが、 とんでもない女だ。 まだ30代前半の男が、真夏にやったからよかったものの 条件次第では普通に死人が出るぞ。
しかし、私はそんなことであきらめなかった。 風呂から上がる間際に3秒被ってはやめ、 5秒被ってはやめ、とやっていると 次第に1分くらいは平気になってきた。
そして、あの男性が言うように、 皮膚から冷たいという感覚が薄れていき、 段々と温いお湯を浴びているような感覚に陥る。 いつしか、3分冷水を浴びても平気な体になっていた。
ちなみに、脱衣所で自分の手足を触ると氷のように冷たい。 別に代謝がよくなったりしている訳ではないらしい。 ただ、寒くても寒く感じなくなっているだけなのだ。
あと、ずっと期待している、 "まさに薬物と同じ快感"は今のところ味わったことがない。 さっきの男性は冷水じゃ満足できなくなり、 浴槽に氷水を張って 10分浸かっていたらしいので、 そこまでしなければ 薬物レベルの快感は味わえないのかもしれない。
さて、そんなことを繰り返している内に 段々と寒くなってきて、私の苦手な冬がやってきた。
ちょっとでも寒くなればファンヒーターを出して その前から動かない生活がはじまるのだが、 冷水シャワーを経た私は一味違った。
まず、気温が12度くらいあれば、 半袖でも外を歩けるようになったのだ。 これは明らかに、寒さに強くなっている。 別に、体を触るといつも通り冷たいのだが、 外を歩いた時、いままでのように「寒っ」とならないのだ。
この前は夜にコーヒーを淹れて 庭にあるアウトドア用チェアでゆっくり飲んだ。 冬特有の澄んだ空気がとても気持ちよかった。 いまなら冬のキャンプも平気かもしれない。
…と同時に、自分の身体への思わぬ変化も起きていた。 いくら寒さに強いといっても、 普段は部屋に暖房を入れている。 いつもよりぐっと下げて22度の設定だ。 だが、部屋に居ると頭がぼーっとしてきて、 段々と頭痛や吐き気がしてくるのだ。
暑さを体が受け付けなくなっているのだ。 以前は42度の風呂に15分以上入っていられたが、 いまでは40度の風呂でものぼせてしまうようになった。
風呂から上がったあとは、 まるでサウナの後のように、 12度程度の涼しい部屋でぼーっとするしかない。 しばらくすると動けるようになる。
確かに、寒さにはかなり勝てるようにはなった。 が、こんな代償が付いてくるとは知らなかった。 もう、寒さに弱くてもいいから元に戻してくれないか。
そんなことを思いながら、私はいま 2月の寒い夜に暖房も入れずに、この文章を書いている。