オーツミルクコーヒー
ラジオを聞いていたら、 知らない人と知らない人が話をしていた。
片方はどうやら若くして 成功したお金持ちらしく、 普段の生活について根掘り葉掘りと訊かれては、 いけ好かない気取った回答を繰り返していた。
最近ハマっていることは何ですか? という質問に対して 「オーツミルクコーヒーにハマっているんです」 と答えていた。
まぁ、いけ好かない。 なんで牛乳じゃいけないのか。 本当にオーツミルクが美味しいならば、 どのカフェに行っても オーツミルクコーヒーが 置いていて然るべきである。
そうなっていないのは、 そんなに美味しくないのである。 その美味しさの本体は オーツミルクの味ではなく、 希少価値という 情報と先入観に違いない。 これだから、 若くして成功した人間の 言うことは信用できない。
と思いながら、気が付いたら ネットスーパーで オーツミルクを買えないか調べていた。
そう、私は流行り物に飛びつく人を 軽蔑するような態度を取りながら、 誰よりも流行りやカッコいいものに 憧れを捨てられない、 非常に面倒なミーハーなのである。
ちょっと前も、 テレビでIT会社の社長が 「家で作るカプチーノが最高の一杯なんだ」 と話すのを見て、 その足で100円ショップへ行き ミルクフォーマーを買った。
その日からコーヒーに入れる ミルクは全部フォームミルクになった。 自分もハイソサイエティの 仲間入りをしたみたいで気分がよくて、 色んな角度からカプチーノの写真を 撮ってSNSにアップしたりもした。
人に話す時にはネタ元が 偶然見たテレビ番組なんて事は絶対に言わない。 「最近流行ってるよね?」と、 あたかも自分の身の回りには そういった情報が日常的に流れているような 物の言い方をして、 暗黙に"あっち側"の人間の振りをするのである。
そういった態度を取っておきながら、 ほかの流行りに対しては 「安直だなぁ」と苦言を呈することによって、 流行には乗らない、 本物を知っている人みたいな振りをするのである。
書けば書くほど意地の悪い性格だ。 下手な知ったかぶりよりたちが悪い。
そうして、カプチーノのある日常は 何ヶ月か続いた。 ある日、カプチーノを飲み始めてから 何だか午前中気分がすぐれないことに気づいた。 そうなのである。 泡になったミルクは喉を通りにくく、 ずっと張り付いた感じが残るのである。 朝飲んだカプチーノの与える喉への不快感が 昼までずーっと影響を与え続け、 大幅にパフォーマンスが落ちいたのである。 次の日からコーヒーには牛乳を入れる形に戻った。
話が逸れてしまったが、 オーツミルクコーヒーの話に戻そう。 ネット配送の時間が待てないと思った私は、 夕方スーパーまで行き、 乳製品コーナーをまじまじと見た。 そこにオーツミルクは普通に置かれていた。 きっとオーツミルクは高級品で、 成城石井のような高級スーパーにしかなく、 家の近所にある生鮮食品がメインのスーパーには 売っていないと思っていたが、 思いのほか簡単に手に入ってしまった。
何種類か置かれていたのだが、 カカオ入りのものはなんと80円で売られていた。 他の商品は160円なので、驚きの半額だ。 どうやら、入荷し過ぎで余っているようだ。
なぜオーツミルクが余っているのだろうか? ここで私は一つの事実に気づいた。 余るほど入荷したということは、 少し前には、この店でオーツミルクが 沢山売れていたのだ。 きっかけはテレビで紹介されたのか ネットで有名人が発信したのか、 とにかく何かの拍子に、 オーツミルクは時の商品になったのだ。 となるとだ。 あのラジオで話していた女性も その流行に乗ってオーツミルクを 買ったのではないだろうか。 自分よりも随分ハイソサイエティな暮らしを していると嫉妬していたが、 実は私と同じように 出どころを隠していただけで、 案外しょうもない場所で オーツミルクの情報を仕入れていたのかもしれない。 そう思うと、 遠い存在に思えたあの女性に 妙な親近感を覚えた。
と一人勝手に納得しながら、 通常のものと、安売りされていた カカオが入っているものを2本ずつ買った。
早速、家で飲んでみた。 味は牛乳と比べすっきりしている。 動物性食品特有の濃厚さがないのだが、 味は豆乳やアーモンドミルクと比べて、 牛乳に近い気がする。
家で早速コーヒーを淹れて、 牛乳の代わりにオーツミルクを入れてみる。 いつもは砂糖を入れるが、 今日はミルクの違いを確かめるために無しだ。
すっきりとしていて、美味しい。 だが、濃いコーヒーを使うと、 苦味にミルクの味が負ける気がする。 牛乳と同じように、私には砂糖も必要そうだ。
次に、安売りされていたカカオ入りを使ってみる。 これが相当に美味しい。 要は植物性ミルクで作ったカフェモカなので、 美味しくて当然なのだが、 普段の砂糖だけの甘味よりも、 カカオの味もあった方が美味しい。 これが80円で買えるのなら、もっと買っておけばよかった。
というわけで、その後再度スーパーへ行き、 カカオ入りのオーツミルクを3本買ってきた。 1本あれば4杯は持つので、しばらく大丈夫だろう。 ちょっとだけ朝の楽しみが増えた。
こうして私は、日々の生活をちょっとだけ アップデートさせながら、 何もない日常をささやかに楽しみながら生きているのだ。
(終)