人間ドックに行ってきた (後編)

ベルトコンベアー

前編でやった腹部エコー検査はやたら長かったが、 他は流れ作業のように次々と検査を受けることになる。視力、聴力、血圧などの 健康診断レギュラーメンバーを次々とこなしていく。 次は採血だ。

採血

次は採血の検査に呼ばれる。 座るやいなや、看護師から 「いままで、アルコール消毒に負けたことはありますか」 と尋ねられる。

何をもっての負けなのだろう。 負けず嫌いな九州男児にその訊き方をすると 「えらい腫れたけど、俺は負けとらんけん」と言い出す人が居るのではないか。 私も九州男児なので、しっかりと「ないです」と答えて採血の席に座る。

次に、名前を確認してくださいと、5本の試験管のような容器を見せられる。 一つ一つが中指の先から第二関節くらいのサイズがある。 うん?もしかして5本全部に血液を入れる? そう思っている内に、注射針を刺される。 1本、また1本と血液が満タンになっていく。 待ってくれ、私はもう12時間なにも食べてないし、4時間なにも飲んでいないのだ。 その上に2時間くらいしか眠れていないのだ。 そんな状況で、大量の血を抜かれようものなら、この検査センター内で倒れることになるぞ。 血を見るのは平気な体質だが、その事実を考えるだけで卒倒しそうになった。

「はい、終わりましたよ」と大量の血液が詰まった容器を持った看護師から言われる。 立ち上がってみると案外平気なもので、立ち眩みもなければ、怠さも全くない。 私は強いのだ。私はとても健康なのかもしれない。そう思いながら、次の検査へ向かった。

身長・体重を測定されている間も、隣の採血エリアから 「アルコール消毒に負けたことはありますか?」と言われて 一瞬困惑した後に「いいえ」と答える声が聞こえてきた。

肺活量

今度は肺活量の検査に通される。 これは通常の健康診断では受けることのできない、 人間ドック限定コンテンツである。 この検査では、口の中に筒を入れて、思い切り吸ったり吐いたりして、その数値を計測する。 普段運動をしない私にとって一番危なそうな検査だ。 最初のエコー検査と同じように、技師から「吸って」「吐いて」と言われる。 「吐いてください。もっともっと吐いてください」 もう吐く息など肺に1ミリも残っていないのに、 計測器を見ている若い技師からしきりに「もっと吐け」と言われる。 きっと、「常人ならもっと肺に空気があるはず」と思っているのだろう。 もう肺と肺がくっついている感覚だが吐き続ける。あまりにも辛い。

ふと、検査に使っている測定器の名前を見たらデカデカと「肺Per +」 と書かれていた。 普段ならこんなダジャレ全く笑わないのだが、下手すると人の生き死にを判断するであろう機器に こんな下らないダジャレネームを付けた担当者のことを考えると面白くなってくる。 お腹に力が入らず、思い切り吸ったり吐いたりできない。 元々肺活量は人並にないのに、いつもよりもさらに下がってしまう。 なぜ、患者から良く見える場所に「肺Per +」なんて載せるのか。せめて、患者の見えないところに書いたらどうだ。 そう思いながら、必死で吸ったり吐いたりしていると検査が終わった。

その後の医師との面談で「肺活量がないねえ」と言われたが、 本当にないのか「肺Per +」のせいないかは判然としない。

内視鏡

最後に内視鏡検査だ。 特別な診察らしく、別のフロアに通される。 手前の待合室は麻酔をかけられて、処置待ちの患者がならんでいた。 全員、鼻にチューブを突っ込まれたり、 口を半開きして、涎をティッシュで拭きとったり、 地獄のような様相だった。

「内視鏡は"口から"と"鼻から"、どちらにしましょうか」と訊かれる。 アレルギー鼻炎がひどいと話したら、口の方がいいと言われた。 その後、「麻酔しますね」と言って、口に麻酔を吹きかけられる。 歯医者でされたことのある麻酔と同じ味がした。 その後「唾液はいま飲むとちゃんと飲み込めないので、 ティッシュに出してください」と言われる。 なるほど、それが原因でこの地獄のような様相が作られているのかと納得する。 その後、他の人たちと同様に虚ろな目で 唾液を垂れ流す「全てがどうでもよくなった人」状態で 待っていると、名前を呼ばれ、いよいよ処置室に通される。

処置室はベッドの横に巨大なモニターが置かれていて、 さらにその奥に内視鏡と思われる長い管が鎮座していた。 「せっかくなら、自分の胃の中を見ませんか?」 「眼鏡をかけたままの方が、内視鏡の映像がよく見えますよ」と言われる。 受けられるサービスはすべて受けるという貧乏性のため、 ぜひお願いしますと答えて、眼鏡をかけて横になる。 その後、「どうぞ画面をよく見てください」と言わんばかりに、 顔の真横にテレビモニターが見える位置まで寝台が上がる。 いよいよ検査の始まりである。

細い管が口の中につっこまれ、喉からどんどんと胃の方へ進んでいく。 苦しい。いままで、様々な病院で色んな施術を受けてきたが、群を抜いて苦しい。 身体中が「おい、大変なものが入ってきたぞ」と全力で防衛反応を示す。 当たり前だ。高度な科学が発達していなければ、 喉から入ってきて胃まで届く細長い物など100パーセント異物なのである。 吐き気が止まらない。モニターを見る余裕など微塵もない。

「はい、いちばんきつい所終わりましたよ」と言われるが、大して変わらない。 喉の部分にずっと変なのが居るのは変わらないのである。 その後、技師二人の会話を聞く余裕などもなく、 気が付いたら管が体から抜かれていて、終わったことに気づいた。 担当の医師と技師二人から揃って「内視鏡、とても上手でしたよ」というよくわからない褒め方をされる。 ずっとえずいていただけの患者側に上手いも下手もないだろうと思いながら 「ありがとうございます」とよく分からない返答をして、命からがら内視鏡のフロアを後にした。

よほど死にそうな顔でフロアを歩いていたのか「鎮静剤を使っての内視鏡もありますからね」と別のスタッフから言われた。 次はそれを検討してみよう。

帰路

帰り道にオールナイトニッポンの缶バッジのガチャガチャがあった。 全12種で私が欲しいのはその内4つ。確率は三分の一だ。 「これだけ辛い目にあったなら、良いこともあるだろう」と100円のガチャガチャを5回やってみた。 欲しい缶バッジは手に入らず、「これガチャガチャに使わなかったらお昼代くらいにはなったな」と思いながら、 空腹のまま帰宅した。

(終)